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マイナビ派遣 リニューアルOPEN!
パワフル全快!ルカが通りまぁぁ〜す!人生もフットサルも七転八起ですが不屈の精神の彼女、本当は2児の母!?
 

ルカさん(29)


大学卒業後、地元の金融機関に勤める。女世界の厳しさを学びつつ窓口を担当。しかし、わずか1年半で寿退社。

結婚後、旦那の両親と片田舎で同居。スローライフがはじまる……。
24、25歳と続けざまに男児を出産。26歳、そろそろ家庭に納まっているのも苦痛に感じ、社会復帰を願う。

運良く教育に携わる仕事に出会い、パートをはじめる。
やがて本格的に働いてみたいと思うようになり、派遣登録。
家計を支えるというより、この頃は自分に投資するためという気持ちが強かった。
美味しいもの食べたいし、お洒落したいし、美容にも興味あるし、まだまだ20代、遅めの青春を謳歌。

28歳、旦那がまさかのリストラ。金の切れ目は縁の切れ目!?
無職でギャンブラーで酒浸りの旦那と離婚。
子ども二人を抱え、実家に出戻り。

濃いですかね?
いやいや、そんなこんなで現在は正社員目指し、派遣社員として働いています。

「自分で決めたことはすべて良かったこと……」。そう思い込んで生きている、楽観的でポジティブな29才。

10年前、想像もしてなかった今を生きていますが、できることを精一杯やるのみ。
「いつもありがとう」
周囲に感謝の気持ちを忘れずに、日々過ごしていきたいなと思っています。


■住まい:神奈川県

■趣味:バレーボール、フットサル、子どもに遊んでもらうこと

■血液型:最初は絶対に『O型』って言われるけど、慣れてくると『やっぱりB型だよね』と言われる隠れB型

■性格:外見が男顔でキツメなのでサバサバしてそうだけど、意外とビビリで変なところを気にする不安ガリータ
過去の日記
2011年10月18日
2011年10月14日
2011年10月11日
2011年10月07日
2011年10月04日
2011年09月30日
2011年09月27日
2011年09月22日
2011年09月20日
2011年09月16日
2011年09月13日
2011年09月09日
2011年09月06日
2011年09月02日
2011年08月30日
2011年08月26日
2011年08月23日
2011年08月09日
2011年08月05日
2011年08月02日
2011年07月29日
2011年07月26日
2011年07月22日
2011年07月19日
2011年07月15日
2011年07月12日
2011年07月08日
2011年07月05日
2011年07月01日
2011年06月28日
 
2011年08月09日(火)
仕事運急上昇

自分で言うのも何ですが、
私には、仕事運なるものがあったんだと思います。

いや、あるんだと思います(進行形で)!!
今となれば切に願う系。

学童指導員、青年サークル、そしてバレーボール部の加入。
お陰さまでそのすべてが、村全体の活動にも通じており、
なんと、今度は学校支援コーディネーター
と称するお仕事をいただきました!!

学校支援コーディネーターとは・・・
  学校の教育活動を支援するため、
  地域住民の学校支援ボランティアなどへの
  参加をコーディネートするもので、
  いわば
  【地域につくられた学校の応援団】
  と言われていた仕事です。

ゆとり教育が、終わったことや、
教師と子ども、親との関係性が複雑化したこと、
ADD/ADHDと言われる生徒が増えたことなど、
先生方の負担が増えている中、
少しでもそれらを軽減するために、
地域の力を借りれたらいいのではないか。

学校と地域のパイプ役となるのが、
学校支援コーディネーターと呼ばれる職業でした。

この仕事は、今もあるのかはわかりませんが、
当時、文部科学省の管轄で、
学校支援コーディネーターなる職務が、
全国各地で模擬的に行われておりました。

たまたま将来、息子たちが通うであろう
小学校がモデル校になっており、
1年間の契約で週3日、半日勤務することになりました!

学校支援コーディネータ・学童保育・内職。
3足の草鞋生活でしたが、
それぞれちょうど良いバランスで成り立っており、
まさにラッキーガールな自分に驚きました!!

と言っても、

学校支援コーディネーターでは、
地域とのコンタクトを取るのに人脈が必要なため、
数少ない知人からそのまた知人、知人へと
人を紹介してもらったり、

学童指導員では、子育てキャリア及び
人生経験が少ないため、
さまざまな人の知識と協力を得、
働かせてもらっていました。

内職は・・・
自分でやるしかありませんでしたが、
変わらずに仕事がもらえていたことには
たいへん、感謝しています。

ただ、家庭を顧みると、 家事は完璧とはほど遠く、
掃除も週一度など手抜きが多くなり、
子どもは保育園に預けてMAXで見てもらっていたため、
朝と夜の数時間、そして土日しか過ごせなくなっていました。

改めて家庭を持ち、親になり働くことの大変さを
知ったのもこの頃だったと思います。

自分ひとりじゃ本当に何もできない無力な自分。
家庭だって仕事だって、多くの人の力を
借りなければ何一つできませんでした。
そういうことが分かるようになっただけでも、
外で働いたことの意味は大きかったと思います。

正直、
「元旦那は外で働くことを反対していました。」

内職だけで十分、そう思っていたようです。
「好きで働いているんだから、家庭にも手を抜くな。」

そんな昔堅気な人だったんですよね。
でも、甘える術を知らなかった私は、

「やることやれば文句を言わせない」
と、むきになっていたような気もしますw

でも、好きな仕事に就けたことは本当に幸せで、
正式な学童指導員になるために、
保育士や幼稚園の先生の免許を取りたいなと思ったり、
学生時代に取得した社会教育士過程を生かして、
学校支援コーディネーターで実務経験を積み、
社会教育士として働きたいとも考えたり、
私の夢は広がる一方でした。

次号は、学校支援コーディネーターで
経験したお仕事について書きたいと思います。